非健康的な、けれど調子は良くて
グロテスクな感情が心地よくて
たまに生暖かい気持ち
気付いたら湿ってた
戯れた午前はとうに過ぎて
もう雨、雪、暗闇
鉛色と脂のにおい
もう戻れないけど
過去なんていつだって変えられる
一畳
深呼吸3回
0センチ
こころの数を数えてる
単位を探してる
不自由だね
没
2009年4月9日木曜日
生きながらえた!!


http://www.easelmusic.jp/live/090606.html
なんて楽しそうなイベントなの!!
6月6日までは頑張る、確実に!!
ふははは、気にしない。
誰かが誰かを好きだとか気にしない!!
それは季節のせいさ、春風のせいさ。
うはははは、ちゃぶ台からモッシュ&ダイブ。
2009年4月7日火曜日
2008年9月30日火曜日
2008年8月11日月曜日
2008年7月1日火曜日
ジャスト ドゥー ザット
多くの場合、年上の人の言うことは、納得できないにしても、真摯に受け入れる気持ちを持っている。それは今回だって。
しかし、それは多くの場合、あまりに辛辣で、実行に移すには躊躇を余儀なくされる。
つらいなぁ、今回も。時間っていうのは時に残酷でさ、解決することと解決しないことを選ぶんだよなぁ。
しかし、それは多くの場合、あまりに辛辣で、実行に移すには躊躇を余儀なくされる。
つらいなぁ、今回も。時間っていうのは時に残酷でさ、解決することと解決しないことを選ぶんだよなぁ。
2008年6月3日火曜日
ジャスト ノット オンリー ビューティフル
なんだか寝れなくて夜中のドラマの再放送を見ている。
おそらく余命いくばくもない母が延命治療を放棄し、自宅で残りの時間を家族と過ごす様子を描いたものなんだけど、名前はわからないが母役の女優の演技が素晴らしくて、迫りくる死を自身の中で消化しきった「母」という人物を見事に表現していた。
その母は、ただただ大きい、そういう存在ではなく、死を超越し、ある種の狂気をにじませる、その狂気は先の尖った恐れるものというわけではなく、すでに「生きている」ものではないー。
死が物語りの終着点なのか、一章と二章の間の幕なのか、それともループの端なのかはわからないけど、少なくともそれは日常目にする消費型のドラマや映画に描かれるような、綺麗な一点の閃光ではないことを思い出させてくれる、非常に、価値のあるものであった気がします。
死は一瞬ではない、死にゆく過程を死とするなら、我々が生きている今が、まさに死であり、実際に生が終焉を迎える瞬間が人の持つ時間の中で最も「生」なときだともいえるのではないでしょうか。
おそらく余命いくばくもない母が延命治療を放棄し、自宅で残りの時間を家族と過ごす様子を描いたものなんだけど、名前はわからないが母役の女優の演技が素晴らしくて、迫りくる死を自身の中で消化しきった「母」という人物を見事に表現していた。
その母は、ただただ大きい、そういう存在ではなく、死を超越し、ある種の狂気をにじませる、その狂気は先の尖った恐れるものというわけではなく、すでに「生きている」ものではないー。
死が物語りの終着点なのか、一章と二章の間の幕なのか、それともループの端なのかはわからないけど、少なくともそれは日常目にする消費型のドラマや映画に描かれるような、綺麗な一点の閃光ではないことを思い出させてくれる、非常に、価値のあるものであった気がします。
死は一瞬ではない、死にゆく過程を死とするなら、我々が生きている今が、まさに死であり、実際に生が終焉を迎える瞬間が人の持つ時間の中で最も「生」なときだともいえるのではないでしょうか。
2008年5月24日土曜日
2008年5月9日金曜日
イッツ ノット シンプル
僕は僕以上でなく僕でもない。
そう、思える東野さんの送別会だった。
最初のアレがこんなんでいいのかとは思うが、
良くも悪くも自分を表わしているな、と自分では思っている。
東野さんの行く末に幸多からんことを。
そう、思える東野さんの送別会だった。
最初のアレがこんなんでいいのかとは思うが、
良くも悪くも自分を表わしているな、と自分では思っている。
東野さんの行く末に幸多からんことを。
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